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世界の中心

藤井四段が、非公式戦ながら、負けた、というyahooニュースが流れていました。

 

将棋まつりでの記念対局、という恐ろしく地味なセッティング。しかし相手は豊島八段ですから、負けても、全然、驚くに値しません(豊島八段は若手のトップ棋士。彼だってスゴイ才能のはず)。ところが、世間的には、それが「ニュースバリューあり」となってしまう、ということです。

 

現在、将棋の名人戦が行われていますが、こちらの1戦1戦が、yahooニュースになる、なんてことは、残念ながらありません。もちろん、将棋ファンは注目してみていますが、「世間的には」、ニュースになるような注目は浴びないのです。

 

藤井四段が戦った「炎の七番勝負」なんて、ネットTV会社の企画で、全くの非公式戦。それが、これだけ注目を浴びる。また、彼が連勝記録を伸ばしているので、普段なら全く注目を浴びずに、世間の片隅で行われているようなプロ棋戦の予選レベルの戦いに、メディアの記者が殺到している、わけですね。

 

ネットで何が変わったか、というと、「世界の中心が変わった」ということがあると思います。あるいは、「地軸が変化した」。どういうことか。

 

大新聞や地上波TVを誰もが見ていて、そこに全ての中心がある、とか、「権威ある」名人戦という棋戦が、将棋界の中心である、とか、紅白歌合戦やベストテン!が歌番組の中心だったりとか、そういうことが、変化している、ということです。世界の中心は、いついかなる時でも、ネットを経由して、突然、現れる。傑出した才能が突然現れれば、名人戦を飛び越えて、そこに「世界の中心」」が現れる。ピコ太郎のように、抜群に面白い映像が現れれば、それが国境を飛び越えて、いきなり世界レベルの舞台へと飛び出していく。

 

たぶん、TVと新聞が出現した20世紀の一時期、それらが「世界の中心」を作り出した一時期があったのでしょう。おそらくその時代が、終焉を迎えつつあるのだと思います。

 

・・・・と、大げさな話を書いていますが、1敗しただけでニュースになってしまう藤井聡太恐るべし。でも、他のプロ棋士の先生がたもスゴイんだ!!!ということを、見せてほしいですね!

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誰のことを気にかけているのか

数日前の新聞に、難民受け入れ策を支持するドイツのメルケル首相の支持率が、テロの直後でもほとんど変わっていない、という記事が載っていました。

 

ドイツでは、12月にトラック突入テロがあったばかりですが、その後の年末にメルケル首相は、国民向けに次のようなメッセージを出している、ということも同時に載っていました。

 

「シリアのアレッポの破壊された光景を目にするにつけ、保護を必要とする人々を助け、統合していくことがいかに重要で正しかったのかということを再度申し上げたい。」

 

どこかの国の首相ならば、絶対にありえない発言です。

 

政治家が、いったい誰のことを考えているのか。

誰を気にかけているのか。

 

正月前後は少し時間があったので、ワイドショー的な日本のニュースをちらちら見ていたのですが(たった今も見ていますが)、ドメスティックで、「誰かを攻撃したい」願望で満ち溢れたものばかりに見えました。

 

本当に報道しなければならないことは、なんなのでしょうか。

本当に気にかけなければいけない人は、誰なのでしょうか。

 

・・・・ということを強く思った正月でした。

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コンビニのレジで起きた奇跡

先日、とあるコンビニで。

 

温かいお茶と、冷たいサンドウィッチと、雑誌を買いました。

 

ここで、いつものセリフ。

 

「温かいものと冷たいものを、お分けしますか?」

 

マニュアル通り、店員さんは皆さん、こう質問されます。

 

毎回言いたいことがあるのですが、面倒くさいので、「一緒で」と、私は答えます。

 

そうしたら、奇跡が!!!!

 

|箸いもの お茶

⇔笋燭い發痢.汽鵐疋Εッチ

どちらでもないもの 雑誌

 

この店員さんは、ビニール袋の中に 銑を入れる際に、

 

 ´  の順番に、入れてくれたのです。

(※横から見た順番)

 

つまり、

 

温 普通 冷

 

となって、温かいものと冷たいものの間に、どちらでもない雑誌を挟み込んで、,鉢が触れ合わないように、入れてくれたのです!!!!

 

感動!!!!!

 

 

毎回、いつも疑問に思っていました。

 

温かいものと冷たいものを分けて2枚使うと、ビニール袋が無駄に思える。

また、運ぶ際に、2袋持つのは、ちょっと持ちづらい。

温かいものは、すぐ飲むことが多いし、車内ですぐホルダーの中に移すことも多い。

 

つまり、2袋に分ける必要はない。

 

ところが、「一緒でいいです」というと、なぜかどの店員さんも、温かいものと冷たいものが接触するように、袋の中に入れるのです。

 

 

なぜ???????

 

たいてい、雑誌のような別の購入物があって、それを間に挟めば、温かいものと冷たいものは、触れ合うことはないんです。

 

なのに、これまでの経験上、どの店員さんも、「一緒でいい」というと、両者が触れ合うように、入れるんです。

 

なぜ??????

 

マニュアルに書いてなくても、頭を働かせてほしい!!

 

雑誌を間に挟めば、1袋ですんで、温かいものと冷たいものが触れ合うこともないのに。。。。。

 

・・・・・いつもため息交じりに、思っていました。

 

説明すると忙しそうなレジで止まってしまうので、とりあえずやってもらって、自分で、間に雑誌を挟んで、入れなおしていました。

 

それが、この日の店員さんは、初めて!!!私が思う通りのことを、してくれたのです!!!

 

素晴らしい!!!

 

言葉に訛りがあり、外国からの留学生、おそらく中国からの留学生で、アルバイトで働いている女性なのかな、とお見受けしました。

 

この女性の機転なのか、それともこのコンビニでは、そのように指導しているのか。

 

わかりませんが、この「温かいものと冷たいものの間に、何かを挟んで、1袋で入れるやり方」が、広く全国のコンビニで広まってほしいな、と思いますね。

 

 

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リベラルの敗北は、世界的な現象である

深刻な反省が必要なのかもしれません。

 

 

現代の世界的な「トレンド」は、マッチョ・タカ派・強権的・愛国主義的・排外主義的な政治家です。

 

エスタブリッシュメントを敵視し、既存の制度を破壊する、と彼らは口をそろえて言います。

 

彼らは、マスメディアを介して、直接「大衆」に語り掛ける個性的なキャラクターです。

 

どちらかといえば、ネット・テレビなどの「軟派」メディアに親和的で、新聞などの「硬派」メディアには敵対的です。

 

 

 

プーチン、ドゥテルテ、IS、ブレグジット、そして、(本当に)ドナルド・トランプ大統領。

 

こうした人々(政策・団体)を支持する人が、世界には大量にいる、ということです。

 

 

 

今日のテレビのインタビューの中で一番印象的だったのは、「自分たちは長年の間、政治・教育その他の領域を牛耳っているリベラル派にずっと苦しめられてきたのだ」と語っていた「トランプ支持者」の話でした。

 

そう、確かに今回の選挙を一言でまとめるならば、バラク・オバマに象徴される「リベラル」の敗北、といってもよいのかもしれません。

 

 

ここしばらく、ネオコン、ティーバーティー、新自由主義等々に対する攻撃に忙殺されてきた「リベラル派」は、おそらくそのどれにも明確には所属しないような「未知の生物」ドナルド・トランプに、やられてしまいました。

 

敵の正体を、おそらく見誤っていたのです。

 

テレビ・新聞を初めとする「公式メディア」を通じて、「知識人」「識者」が、どれだけアンチ・ドナルドキャンペーンを展開しようが、トランプを止めることはできなかったのです。

 

 

否定されているのは、おそらく「綺麗ごとしか言わないリベラル派」です。

 

ヒラリー・クリントンの演説が、言葉上はいかに立派でも、なんだか全然心に響かないなあ、と感じていたのは、私たちが2008年にオバマの演説でさんざん聞いたセリフを、「この8年間」の後、「この8年間」に対する反省もないまま、あらためて聞いていたからなのでしょう。

 

 

「リベラル」は、深刻な反省が必要です。

 

果たして何が問題なのか。

 

それがわからぬ「リベラル」は、これからもずっと敗北を続けていくことを運命づけられているのでしょう。

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「ネット住民」

今日、たまたま関心のある事件に関するネット上の情報を追っていて、目にしたコメントがあまりに酷くて、唖然としてしまいました。同じようなコメントが、大量にありました。そのうちの一つのyahoo知恵袋の質問が、あまりにも酷かったので、違反報告をしました。

 

ここ最近、yahooニュースにつく「コメント」に目を通すようになったのですが、あまりに幼い発言の多さに、あきれています。独断と偏見、デマ情報、排外主義、レイシズム、単なる外国嫌い、いろいろありますが、ものすごい量に登ります。それらに大量の共感マークがつきます。

 

こういう「感情」(意見、といったものではなくて、なんと呼んでいいのかわからぬ得たいの知れないもの)を持った人たちが大量にいて、ネットの出現で、それらが可視化されて大量に出現しているのだ、ということでしょう。

 

こうした人たちはおそらく、「ネット住民」と呼ばれる人と、かなりイコールなのだと思います。この「ネット住民」の人たちは、「ネットを普通に利用している一般の人たち」とは異なるのではないでしょうか。ある種の政治的傾向と独自のアイデンティティを持ち、熱心にコメントを書き込む人たち、彼らは、一種の「人種」として、特定されうるのではないでしょうか。

 

彼らの特徴はいろいろありますが、一様に「一般のマスメディアは真実を報道しない」と言います。・・・・彼らが依拠するネット情報の方が、はるかに根拠が薄いことの方が多いのですが。

 

この人たちは、たぶん、年齢、職業、政治意識、社会的背景その他を調べると、ある「傾向」が出てくる気がします。誰か社会学の研究者で、「彼ら」の存在を、きちんと分析してくれないでしょうか。多少は研究もあるのだと思うのですが、明快なものがなかなかないと思うのですが・・・・(暇なら、私が自分でやるのですが・・・・・・。。)

 

 

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「沖縄 空白の1年」を見る

NHKスペシャル「沖縄 空白の1年 〜”基地の島”はこうして生まれた〜」を見ました。

秀逸なドキュメンタリー。1945年から1946年の間に、沖縄で何が起こったことを、近年入手した映像や未公開資料、インタビューを通じて、再現したものでした。戦後直後は、アメリカ側にも、国務省経由で沖縄住民による自治を模索した流れがあったことや、世界情勢の流れの中でそれがつぶされていき、基地が建設されていく流れがよくわかりました。マッカーサーが、「沖縄人」と「日本人」を区別していたことなどは、印象的でした。抽象的な歴史論を振りかざす人が少なくない中、こういう実証的な歴史理解こそ、大きくクローズアップされてほしい、と思いました。

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160820

 

チャンネルを変えてみたら、某民放で、「池○○が今伝えたい実は知らない日本SP」なる番組がやっていました。こちらでは、閣僚がコの字型に座っている構図の秘密?とか、官房長官会見は総理官邸で行われるとか、天皇陛下はカレーライスがお好き、とか、現場の人間しか知らないトリヴィア?みたいな話が続いていて、ズッコケてしまいました。これが、池○○さんが伝えたいこと、なんでしょうか。。。。

 

 

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厚化粧の話題が何の関係があるのか

もう「過去の話」なので、誰も話題にしなくなっちゃいましたが。

 

都知事選、なるものがありました。

忙しくてよく情報を見てませんでしたが、気になったことが。

 

たまに私の目に入るのが、ニュースの特集だったり、yahooのトップニュースだったり、限定的なのですが、それを見ての個人的印象なのですが・・・。

 

目に入るのが、

厚化粧がどうのこうの」だとか、

この人の人柄がなんちゃら」だとか、

週刊誌を名誉棄損で訴える!!」だとかなんとか。

 

そんなのばかり。

 

 

・・・・・で、

この人たちの主張とか公約はなんなの??????

 

・・・・というのが、全く、「一番の関心事」として、報道されているようには、思えませんでした。

私がよく見てなかったのもあるのでしょうが。。。

(厚化粧なんちゃら、が出てきたときは、さすがに呆れ返ってしまった)

 

なんというか、以前にも増して、選挙報道が、プロレスの試合をしているような、人間ドラマ?として、お互いがお互いを罵り合ったりする図が、「視聴率が取れる美味しい図」として流されるだけになっているように、私は感じました。

 

yahooニュースに至っては、当選が確定したらまず真っ先に、「小池百合子の公約は何か」なんていうのがトップニュースに来たので、のけぞってしまいました。

それって、もっと前に流すべき情報でしょう。当選したから、ようや関心を持ったのだろうか。。。。。

 

もう一つ。

最近の選挙報道で、いわゆる「政治学者」の人たちがテレビに出ることが、だいぶ減ったように思います。

 

典型的なのは、たとえば池上彰さん、なる人が一人で解説をして、それを素人のTVタレントたちが聞いて、「普通の人の意見」を言い合う、というパターン。要は、専門家っぽい人は、池上さんだけ、ということですね。

 

それだけ、「政治学者」たち、ひいては、人文系の研究者たちの信頼が、なくなってしまったのだ、というように、私には思えます。

 

なんとなく、ですが、ハ○モト某元知事さんが、某政治学者などをメタメタに切りまくったころから、「学者どもは理論だけを言っているだけで信頼がならない」「彼らは『我々一般市民」」からは遊離した役に立たない存在だ」、というような風潮が、広まっていったように感じるのは、私だけでしょうか?

 

私は、「それらしい」ことだけを言っ選挙での印象を良くしようという政治家の発言は全然いらないので、彼らの政策や主張が何か、ということと、それを、冷静に客観的に分析し、切り込む政治学者の発言を、選挙前はもっと報道してほしいと感じます。

 

これって、私の勘違いとか、杞憂でしょうか?

今回の投票者の方たちが、何を考えて小池百合子さんに投票したのか、冷静な分析がほしい、とも思います。

 

 

 

 

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「社会」の基底にあるもの

ここのところのニュースを見ていて、ちょっと気になった発言。

タイの政変を巡って、タイ事情に詳しい人が、テレビのインタビューに答えて、こんな言い方をしていました。曰く、

「タイでは、『民主主義』とか『法治』といったことは、表面的にしか信頼されていなくて、『いざ」というときになると、軍部などが出てきて、それら全てを白紙状態にしてしまうのだ」。

我々(大部分の日本人)は、「法律」「選挙」「民主主義」というものが「不可侵」であり、それらが「無条件に力をもつこと」を、当たり前のことと思っています。たとえば日本なら、法律が「こうだ」と言えば、大部分の人が、それに従うことを当たり前と思いますよね。

ところが、タイなどの社会を見ていて改めて気付かされるのは、これらは全てが、実は、あくまで「フィクショナルな存在」なんだ、ということです。いいかえると、人間自身が頑張って、それらが機能するように社会の中で努力をしないと、こうした社会的「制度」は力を発揮しないし、それらが機能する条件を注意深く維持しないと、たちまちにして壊れてしまうものなのだ、ということです。

これはけっこう奥深い問題で、そもそも法律や国家やあらゆる権威が、人々を縛る「パワー」を持つのはなぜか、という、社会学の基本中の基本の話なのですが、「リアルな社会関係の現場」にいないと、実感としてわからない話だと思います。というのも、タイの例でわかるように、人は容易に「力による支配」に従わざるをえない状況に追い込まれたり、それどころか、むしろそちらを好んだりするのです。あるいは伝統的な象徴的権威による「無条件の支配」の方が、「民主的」制度よりも信頼されたりする、ということも、多々あるでしょう。

広げると話が拡大しすぎるので、この程度にしますが、ウクライナでもタイでも中国でもどこでも、「法治」を実現することがいかに難しいことなのか。西欧近代の「当たり前」を単なる正義として振りかざすだけでは、なかなか解決できない話なのだよなあ、と、改めて思いました。
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当たり前の風景

こうしたことは、知っている人にとっては、当たり前のことなのだけれど。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakajimakei/20140310-00033411/

そうそう、そんな感じだよね、って、行ったこともあり、話したこともある(あるいは日々頻繁に話す)人間にとっては、全く当たり前のこと。でも案外、知られてない。

極端な情報しか流通していない最近。こんな「当たり前」のことを、改めて強調して語らなければならないのだなあ。
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「進歩」とは何か

このブログで、あまりこういうことを書くつもりはなかったのだけれど。

テレビ番組をいくつか見ていて、暗澹たる気分になった。
歴史に「進歩」という言葉は、存在しないのだろうか。

狭量な見識、決めつけ、相手の言葉を聞かないこと。
非は常に「他者」にあること。
複雑な事象を単純化して、威勢よく断定することが、「格好いい」ことになってしまったこと。
そんな人間たちが、「知識人」などと呼ばれていること。
それに喝采を送る人々が、ますます多数になりつつあるように、思えること。

昨日、今日に起きた、遠い国で起きた2つの事件も、本当に悲しいことだ。
歴史は、同じことを繰り返している。
人類は、本当に、わずかしか、学習しない。

異なる存在は、こわい。
異なる存在は、「私」に脅威を及ぼす。
恐れは、際限なく膨れ上がっていく。

声がかき消されていく。
私たちは、小さな声が消されていく危機の時代を生きている。

あの時の再現。

小さな希望を、手放さずにいたい。
私は、自分に何ができるかを、静かに考え続ける。
 
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