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樹木希林さん追悼文

樹木希林さんの追悼文で、一番良かったのは、ドリアン助川さんの追悼文でした。

 

新聞記事なので、埋もれてしまうのがもったいないと思いました。

こんな文章です。(下野新聞掲載。問題があればご一報ください)

 

この春、食事をご一緒した際に、樹木希林さんはご自分の体が映ったCTスキャンの画像を無言で差し出した。宴席でのその行為はあまりに唐突であり、私や関係者から言葉を奪った。「もう、治しようがないのよ」

 

あの日から、覚悟はしていたのだ。しかし、こんなに早く旅立たれるとは思ってもいなかった。希林さんには差し上げていなかった旅の写真がたくさんあった。もっともっとお伝えしたい歓喜や感謝があった。

 

小説「あん」に映画化のチャンスが訪れた私は希林さんに手紙を書いた。ハンセン病療養所でお菓子を作り続け、哲学者へと変わっていくヒロインの徳江。彼女を演じられるのは、希林さん、あなたしかいないのです、と。希林さんからは色よい返事をいただいたが、「私は人の裏側ばかり見ている腹黒い人間なのよ。決して善人じゃありません」とも言われた。

 

映画「あん」(河瀬直美監督)が完成してから、どれだけ一緒に旅をさせてもらっただろう。全国を回るPRの旅、カンヌをはじめとする世界各地の映画祭、あるいは小さな町や離島で行われる上映会まで、希林さんは実によくおつき合いしてくださった。そしてその旅のなかで、希林さんがおっしゃていることの半分は正しく、半分は正しくないとすぐにわかったのだった。

 

なかば紛争状態にあったウクライナでの映画祭。周囲からは止められたが、「そういうところだからこそ行ってあげたいわよね」と希林さんはおっしゃり、2人だけで現地に向かった。「あん」を見終わったあと、目頭を押さえているウクライナの人々を希林さんは静かに抱きしめた。

 

福島県・会津の山間部の中学校では、映画の感想を言えずに固まってしまった女生徒を、希林さんはやはり全身で抱きしめた。

「私も同じだったんだよ。ひとこともしゃべれない子だった。でも、胸のなかにはたくさんの言葉があるよね」。

女生徒は無言のままうなずいた。

 

こうしたシーンを何度そばで見せてもらったことだろう。希林さんはたしかに人間の裏側までを見ている。だから権力者に対してはしんらつな言葉も放つ。だけども、私たちが本能で知っている通り、あらゆる人間に対する深く豊かな愛情を希林さんは持ち合わせていた。だからこそ、彼女のユーモアはきらめき続けた。

 

ウクライナの映画祭からの帰り、希林さんは自宅へ戻らず、なぜかそのまま沖縄へ向かった。翌日、辺野古埋め立てを阻止しようとする沖縄のおばあたちと腕を組む希林さんの姿があった。映画祭からの衣装そのままで。

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まだまだ健在だと思っていたのに

樹木希林さん死去。

 

「万引き家族」で見たばかりで、その映像がまだ頭にちらつきます。

 

実はあの映画の中でも、亡くなる役だったのですが、まさか死期が近い中での迫真の演技だったとは。。。

 

ご冥福をお祈りします。

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映画という表現が持つ力

「万引き家族」を見ました。

 

映画を見たのは久しぶり。

・・・・完全に、世界に入り込んでしまい、見終わった後も、しばらくその世界から出てこられませんでした。

今もまだ、完全に抜け出てない。

 

安藤サクラの演技がすごかった。リリーフランキーも強烈でした。

カンヌのパルムドールに偽りはなし。

 

映画のもつ強烈な力を、久しぶりに体験した感じでした。

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70歳を越えても頑固でした

今日の「プロフェッショナル」は、宮崎駿監督が、現在上映中の「風立ちぬ」を製作する過程を追ったドキュメンタリーでした。

映画にもかなり感銘を受けたのですが、このドキュメンタリーでも、面白い話が色々ありました。中でも、関東大震災の群衆が逃げまとう場面、わずか4秒の場面を、1年数か月かけて制作した、という話に、驚きました。

風呂敷の持ち方が違う、とか、当時の人の髪型、姿勢、かがむタイミングなどにまでこだわり、しかもそれを「群衆」なのに、一人ひとり、丁寧に描いたそうです。

「風立ちぬ」を見たときに、実は私が一番印象深かったのが、そうした細部の描写で、大正末期〜昭和前期の建物、街の様子、服装、などなどを、非常に丹念に描いていることに、見とれていたのですが、それも納得ですね。

「ものづくり」の姿勢が、本当に「プロフェッショナル」だな、と、ちょっと感動してしまいました。

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革命とは何か

午後仕事をしたあと、夜に時間ができたので、久しぶりに映画を見に
行きました。

□「チェ・28歳の革命」
アルゼンチン人でキューバ革命の英雄となったチェ・ゲバラの一一生を
2部構成で描いた大作の第一部。
ハリウッド的な映画作成の対極にあるような作品の作りです。エンターテ
イメントとしての映画、つまり、わかりやすい人物像、明確な悪役、映画
的な興味をひきつける展開、スリリングな戦闘シーン、などなどといった
ものを期待して映画館に足を運ぶなら、この作品は、期待を完全に裏切る
こととなるでしょう。

例えば、「チェ」で丹念に描かれるゲリラ戦の様子。ゲリラ部隊の中で、
自分について言われた言葉への勘違いから、仲間から悪口を言われて
いると勘違いした隊員の誤解を解く、といったような小さなエピソードが
続きます。本当の山岳地帯の中で、進んでも進んでも山の中。草をかきわ
け、山の中で生活をしながら、ひたすら戦い続けるゲリラ戦の日々。途中
であったコメントの中にも、「実際の戦闘というものは、優れた指揮官や驚
異的な作戦といったもので決まるのではなく、地道に戦う無名兵士の戦
いで決まるのだ」といったような内容のセリフがでてきます。その通りで、
あまり派手な戦闘シーンはありません。ただ、南米の広大な自然の中に
吸い込まれるようにして、自分があたかも、本当にその中で地道なゲリラ
戦を延々と戦っているような気分にはなってきます。そういったことを感
じさせてくれることからも、本当に「リアル」な戦争映画ということができる
でしょう(実話ですしね)。

後に英雄視されるゲバラについても、決して驚異的な英雄であるかのよ
うに描かれているわけではありません。喘息もちで、しかもキューバで
は外国人であるゲバラが、多くの人の中で、徐々に頭角を現していく様
子が、全くドラマチックなやり方ではなく、淡々と描かれています。
(あまり親切な説明がないし、スペイン語は全くわからないし、ゲリラ
戦士たちがみな同じ顔に見えたりして、しばらくはどの人物がゲバラかも、
私はよくわからなかったくらいです)。

それにしても映画の冒頭、カストロとゲバラが、亡命先のメキシコからレジ
ャーボート「グランマ号」で嵐の夜を渡ってキューバに上陸したあと、政府
軍の攻撃を受けて生き残ったのは、わずか17名(一説に12名とか18名とか)
でした。そのわずか10数名が戦い続けて、国を覆すような革命を成し遂げて
しまったのですから、強い意志を持ち続けた人間の力というものは、すごい
ものだな、と思います。しかも、この上陸時のゲバラは、(題名にもある通
り)若干28歳ですからね。

「暴力革命の理論家」であるとして、少なくとも20年前ならば、多少の議論の
的となるような形で取り上げられたであろうゲバラですが、そうした時代から
少し距離を置いて、冷静にその人物像を追うことができる時代になりました。
まだこの映画には後半部分である第二部があるので、そちらも見て、「革命後」
のゲバラの姿も見定めたいと思います。

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